将棋の神様〜0と1の世界〜

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」&「チェスクロイド」作者がおくる、将棋コラム

//移転しました。

「実戦に役立つ詰め手筋」書評

勝又教授の終盤戦講義

「実戦に役立つ詰め手筋」は、勝又清和六段が著した、詰みや寄せの指南書である。

実戦に役立つ詰め手筋 (マイコミ将棋BOOKS)
実戦に役立つ詰め手筋 (マイコミ将棋BOOKS)勝又 清和

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最先端の定跡を、アマチュアにわかりやすく噛み砕いて伝えることで知られる「教授」だが、終盤戦を取り扱ってもその軽妙な解説は変わらない。

2010/02/11のエントリー「勝又教授の補修講義 on Twitter」にて、私の終盤力の弱さを露呈し、そして次の一手問題の疑問を勝又教授に解決していただいたエピソードを書いたわけだが、教授のご好意はこれだけでとどまらなかった。昨年、「最新戦法の話」(勝又清和六段 著)の翻訳プロジェクト(詳しくは2010/04/10のエントリー『「最新戦法の話」英訳完了』など参照)に参加させていただいた縁もあってか、なんと本書籍をサイン入りで献本してくださったのだ。サインの言葉は、

「指した手が最善手」。アマチュアにとって、なんとも救われる、将棋を続けようと思える素敵な言葉だ。


献本してくださったのは昨年夏の話。遅ればせながら、書評を書かせていただく。

高難度の詰め手筋指南

本書は単純な詰将棋の棋書ではなく*1、寄せの場面で「何を持てば詰むか」、また受けの場面で「何を合駒するか」についての問題が数多く詰め込まれた棋書である。部分図の問題だけでなく、実戦譜に基づいた出題もある。対象とする読者は間違いなく有段者といってよいだろう。そんな難しい本だが、企画のきっかけが面白い。

当時子どもスクールの講師をしていた私は、詰め将棋や次の一手以外に、面白くて役に立つ問題はないだろうかと、いろいろ考えていました。そんなときに思いついたのが、持駒を?にして何を持ったら詰むかという問題です。
(まえがきより引用)

子供達の受けもよかったそうだ。子供の場合は、とりあえず何か1つでも詰む手段を見つけてもらえばオーケーとしてもよい。「□+□=5で、□に入る組み合わせは?」といった「イギリス式算数」にまさしく通じるところがあり、発想力を鍛えるにはもってこいだろう。
しかし、有段者には読み抜けなくしっかり解いてください、と。両側面の表情を持つ、なんとも恐ろしい出題形式ともいえるかもしれない。


ごくごく簡単な問題2問を解答無しで紹介させていただく。図では先手の持駒が「なし」になっているが、はたして何が持駒にあれば詰むだろうか。

香が3一にあるかないか、たったこれだけの違いで、解答にいくつかの変化があることがわかる。また、すべての持駒について一通り読まなくてはならないため、意外に労力がかかることがわかる。複雑な問題になればなおさらだ。類似局面の問題で、正解した気になって解答を見て、読み抜けに気付かされて(罠が1つではなくいくつもある)愕然としたことが何度もあった。
この形式の問題を解くことによって、読みの集中力が付くことは間違いないと感じた。また、詰めろのかけ方もうまくなるだろうし、「盤上でどの駒を拾いに行けばよいか」「寄せのためにはどの駒を受けに使わず残すべきか」などを意識しながら中終盤を戦えるようになるだろう。

「最新戦法の話2」に期待

終盤戦についても素晴らしい著書を残してくれた勝又六段。次に期待するのは、現在「将棋世界」で連載中の「突き抜ける!現代将棋」の書籍化だろう。タイトルが「最新戦法の話2」になるのかどうかはわからないが、これに順ずるものとなるはずだ。楽しみに待つことにしよう。
なおこの講座のここ数回の内容を@shogitygooさんが綺麗にまとめているので、参考にされたい。

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*1:詰将棋の棋書が良くないと言っているわけではもちろんないので悪しからず。

第22回将棋ペンクラブ大賞にて、北海道新聞社メディア局がWeb中継企画賞を受賞

特別賞・Web中継企画賞

昨年7月の話だが、株式会社北海道新聞社メディア局が第22回将棋ペンクラブ大賞・Web中継企画賞を受賞した。


Web中継企画賞
株式会社北海道新聞社メディア局
マスコミ人ならではの視点で描かれ、多くの”観る将棋ファン”に喜ばれた、王位戦女流王位戦ネット中継および中継ブログに対して。

なお、「将棋ペンクラブ」とは


将棋観戦記や将棋評論など、将棋文学の地位を高め、新人ライターを育成することなどを趣旨として、 将棋を愛する作家、ジャーナリスト、棋士らが集まり1987年に結成されました。
以来、優れた作品への「将棋ペンクラブ大賞」の贈呈、会報「将棋ペン倶楽部」の発行等を事業の柱として活動してきました。
現在では、作家、ジャーナリスト、将棋界関係者、一般の将棋愛好家など、全国に約700名の会員を擁する団体として 発展してきています。

という、精鋭の方々が集う組織であり、「将棋ペンクラブ大賞」とは

年間を通して発表された、将棋観戦記、将棋評論、随筆、将棋に関する著作物、記事などの中から優れた作品に対し、将棋ペンクラブ大賞を贈呈しています。賞の選考は、全会員からの推薦をもとに、第二次選考、最終選考を経て、「観戦記部門」「一般部門」「著作部門」などの部門賞や大賞が決定されます。最終選考に際しては、将棋愛好家の作家の方々に精力的にご協力いただいております。

である。
2010年は、選考委員の推挙により、特別賞「Web中継企画賞」「功労賞」が設けられたとのこと。

年々進化していく将棋のWeb中継にとって、1つのマイルストーンとなる出来事だったといえるだろう。

北海道新聞社メディア局と西日本新聞

受賞したのは北海道新聞社メディア局だが、西日本新聞社も充実した王位戦中継を行っていた。
西日本新聞社の目覚しい活躍と実績、および昨年の王位戦中継サイト全体への批評については、2009/08のエントリー「西日本新聞社がTwitterを開始、第50期王位戦第4局を中継」にて詳細に述べた。あれから1年、王位戦中継サイト入口は「王位戦中継サイト」として全社まとめて1つにまとめあげられ、CMSツールを用いることで多彩なコンテンツが整然とまとめられている。そして「王位戦」というキーワードでGoogle検索すると、きちんとトップにくるようになった。


また、ハッシュタグを用いたTwitter連携中継が行われたのも特徴的だ。中継将棋盤の右に、特定のハッシュタグが書かれているつぶやきを表示するTwitterウィジェットが表示されている(半年ほど前のタイトル戦中継なので、現在Twitterウィジェット内のつぶやきはなく空っぽの表示だが)。



7大タイトル戦では、おそらく史上初の試みだったはずだ。なお棋戦全体に範囲を広げれば、2009年末のLPSA 1dayトーナメントが史上初となる。

進化する将棋Web中継

最近では、Ustreamニコニコ動画を利用した、動画による対局風景や大盤解説インタラクティブなライブ中継(配信)なども当たり前のように行われてきている。
また、携帯電話やスマートフォンからも快適に中継が観られるようになってきた。

この先の将棋Web中継の進化からも目が話せない。


なお、東北・関東大震災による大災害、および東京電力計画停電がアナウンスされる中、王将戦第6局、そしてそのWeb中継が滞りなく行われていることも見逃すことはできない。インフラ設備もノウハウも間違いなく向上している。両対局者、およびスタッフ陣の献身に敬意を表したい。

偽・石田流(5手目▲7五歩)

天童・将棋資料館に行ってきた

もう2年前の話になるが、天童にある将棋資料館に行ってきた。


現代の名工による宝石のような将棋駒の他、世界各国のチェスや将棋の原形と言われるインドのチャトランガ等を展示。将棋駒の生産量 日本一を誇る天童ならではの施設。

撮影禁止だったので写真としては残っていないが、いくつか紙の資料をいただくことができ、そのうちの1つに「あらまし」という日本将棋連盟天道支部の会報誌があった。会報誌では、天童で行われているアマチュア棋戦などが紹介されている。
その中の「第4回国際将棋トーナメント」の一局で、衝撃的な序盤戦術があった。

5手目▲7五歩

先手石田流で5手目▲7五歩はまずい、と聞いて、局面が思い浮かぶ人もいるかもしれない。
すなわち初手から▲7六歩△8四歩▲7八飛△8五歩▲7五歩?!(第1図)と進展。

先手は、アマ三段の外国の方である。やはりいくら強い方でも「定跡」という安全な舗装道路を知っているのと知らないのとでは大違いだなと感じるとともに、外国のアマチュア棋士は情報を入手する手段がとぼしいために損をしているな、と感じさせられる。
外国の方向けの棋書なりコンテンツが充実していれば、良くなる定跡、悪くなる定跡の知識が格段に違ったかもしれない。
この辺りの弊害を感じた一局だった。
あるいは実戦経験が豊富であれば、大舞台で特定の戦法を採用する前に、練習将棋で痛い目に会い学習できていたかもしれない。これについては「81-Dojo」「PlayOK」にカバーしてもらうとしよう。

勝てる石田流 (将棋最強ブックス)
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余談だが、第1図から△8六歩▲同歩△同飛とされたら明らかに先手が悪いものの、先手が上手(うわて)であれば、案外これでも手順を尽くしてごまかしてそこそこ戦えそうだな、と意外に感じたところもある。
やはり石田流は奥が深い。

将棋の神様 〜内弟子讃歌〜


小3の頃からなぜだか


師匠と暮らしてた


実家の隣だったけど


師匠と暮らしてた


毎日お手伝いをして


将棋もした


でもトイレ掃除だけ苦手な私に


師匠がこう言った


トイレには それはそれはキレイな


女神様がいるんやで


だから毎日 キレイにしたら 羽生様みたいに


七冠王になれるんやで


※参考:植村花菜 トイレの神様 歌詞

電子書籍版定跡書の未来

マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか?」

iPhoneiPad向けの、興味深い電子書籍アプリが発売された。


特徴的なのは、基本的には一作品の電子書籍アプリでありながら、構造としてはストア型のアプリになっていることだ。(中略)
より重要なのは、書籍の内容を補記する新章、あるいはその著者の新作といったコンテンツ、さらには同氏が推薦するコンテンツも並び得るということだ。(中略)
「玉石混交の作品がそれこそ山のようにあって、買い手はもうすでに探せていないのですから、誰かがキュレートする必要があります。例えばわたしでしたら、『経済小説の良書10選』といったような紹介の仕方もあり得るわけです」(吉本氏)


雑誌の電子書籍版はサブスクリプション型になっていくだろう(なっていくべき)ということは2010/12/08のエントリー『「将棋世界」がiPad向け電子書籍に』書いたわけだが、この「マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか?」は、単体の書籍においてもアプリ内でのサブスクリプションを実現しているといえる。
著者の吉本佳生氏は、2009年から2010年にかけてNHKで放送された経済学教育番組「出社が楽しい経済学」の監修・出演者だ。私はこの番組がとても好きだったので、氏の著した書籍という意味でもこの試みに注目しており、実際にiPhone/iPad版を購入してみた。なお、この書籍の紙版は下記の通り。
マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか? クーポン・オマケ・ゲームのビジネス戦略 (講談社BIZ)
マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか? クーポン・オマケ・ゲームのビジネス戦略 (講談社BIZ)吉本 佳生

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初期の買い手が最も得をする価格戦略

この電子書籍は、価格の面でも特徴的な戦略をとっている。


ハードウェアでも、一般的には最初に登場したものが最も高くて最も性能が悪い。少し待てば安価に性能がよいものが市場に登場するかもしれないという気持ちから、初期型を避ける傾向が生じやすいのはよく知られたところだ。しかし、最初に購入してくれるコアなファンが高くて不完全なものを買い、後からやってきたファンが安くてよいものを買う、という構造を何とか回避できないかと吉本氏は考えた。
そこで吉本氏は、初期の買い手が最も得をする価格戦略を試行しようとしている。
「例えば、1カ月後には新しいコンテンツを追加して、100円値上げして販売しますとアナウンスするとしよう。しかし、新たに追加されるコンテンツは既存のユーザーには無料で提供されます。これは、時限的に切り上がっていく期間限定価格とでもいうものになり、初期の買い手に報いる価格戦略なのです」(吉本氏)

仕事でものづくりをしている身としては、頭の痛い話だ。
電子書籍アプリでなく、通常のiPhoneアプリでいえば、国内でのiPhone 3G発売当初からUEI社「ZeptoPad」が「機能追加による値段アップ」を試みていたが、電子書籍としては今のところ珍しいのではないだろうか。
このような価格戦略がうまくいくためには、記事にある通り、

まず、ある程度の期間、継続的に新たなコンテンツが追加されることを提供側がコミットすること、そして、そうしたコンテンツが読者にとって有用であること、そして、この仕組みに参加する著者が増え、ネットワークが形成されることである。

という条件が必要だ。このような条件が整った上でも、人間は必ずしも合理的な行動をとることができるとは限らないし、うっかり初期に買い逃してしまった場合、価格上昇後に購入することが心理的障壁になってしまうという問題がありそうだ。


ともかく、とても興味深い試みだ。「出社が楽しい経済学」で内容の面白さ、愉快さは折り紙付きで、このアプリの行方を見届けてみたかったので、はじめに述べた通りこの電子書籍を購入してみた。このアプリだけでなく、今後の電子書籍販売形態の行方を見守っていきたい。

定跡書(棋書)の電子書籍版はどう進化していくか

さて、翻って将棋の定跡書や棋書が電子書籍としてどう進化していくのかを少し考えてみたい。
上述の例と同様、単純に電子書籍化して紙のコスト分減ったので価格を少し下げました、とはやってほしくない。
定跡書は、ストア型電子書籍アプリとの相性がとてもよいと思う。日進月歩で進化していく定跡は、日々結論が変わる。これを追記コンテンツとしてストア型電子書籍アプリ内に追加するとよいだろう。ただしこのとき、結論が変わったからといって従来の文章を修正してほしくはない。そのままのほうが、進化の時系列が見えて面白い。修正はしてほしくないが、従来の文章に追加コンテンツへのリンク文章を加筆するのは構わない(「2010年12月追記:なんと結論が変わりました!追記コンテンツはこちらへ」のような文章を加筆する)。「最新戦法の話」(勝又清和六段 著)では、「将棋世界」誌上での連載から書籍化までに、各章の中に新たな節が加筆されているが、それをまさに電子書籍では簡単に可能とする。

最新戦法の話 (最強将棋21)
最新戦法の話 (最強将棋21)勝又 清和

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ただし、それらコンテンツ追加はいつまで行うか、また追加するタイミング(周期)はどうするか、などは「半年間、毎月追加!」のようにあらかじめ明記しておいた方がよいだろう。著者はいつまでもサポートするわけにはいかないし、また日進月歩の定跡を毎日追記できるわけがない。また、定跡書にはたいていその戦型が採用された実戦譜、自戦記があるが、これを適宜追加していく、というサービスも価値があるだろう。
同じ戦法の定跡書は、1つのストア型アプリにまとめてしまっても面白いかもしれない。「コーヤン流三間飛車の極意」(中田功七段 著)を読んだ人は、間違いなく「東大将棋 三間飛車道場」や「下町流三間飛車」(小倉久史七段 著)に興味がある。アプリ内電子書籍間でページ指定リンクを貼ってもよいだろう(Androidだったら、Intentを使って他のアプリ内のコンテンツを指定することもできる)。まずは「三間飛車書籍まとめ」のような名前のストア型アプリを無料で提供して、アプリ内の各書籍を有料で販売する。ユーザーにとっても、まとめられていてわかりやすいのではないだろうか*1

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下町流三間飛車―居飛穴攻略の新研究 (振り飛車の真髄)小倉 久史

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今後登場するであろう電子書籍版の定跡書に、「動く将棋盤」が採用されることは、「将棋世界」で実績があるのでもはや必然。それ以外に、価値や利便性を高めるどのような試みが行われていくか、楽しみだ。

*1:今更ここで補足だが、そもそも電子書籍1つ1つがばらばらにアプリとして提供されていることが現状のApp Storeの問題の1つだ。