将棋の神様〜0と1の世界〜

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」&「チェスクロイド」作者がおくる、将棋コラム

ゲーム理論から見た将棋(2)「角交換振り飛車流行の理由」

ここでいう「角交換振り飛車」とは、角交換四間飛車だけでなく、ゴキゲン中飛車からの丸山ワクチンや、升田式石田流などすべてを含む。前回と同じく、ゲームを「展開形」(指し手の流れとともに行動決定が行なわれていく)ではなく「標準形」(主体が静的に同時に行動決定を行なう。戦法事前入札制みたいなもの)として扱えるよう、極限までシンプルにしている。

角交換振り飛車流行中。なぜ?

最近、角交換振り飛車が流行している。勝又清和六段は、「将棋世界」2008年4月号の「これならわかる!最新戦法講義スペシャル」の中で下記のように述べている。


振り飛車は角道を止めることから始まる」という「常識中の常識」「最初に覚えるべき常識」すら、いまではかなり疑わしいといわざるをえない状況を迎えているのです。
将棋に詳しく無い方はご存じないだろうが、上記の通り「振り飛車は角道を止めることから始まる」のが常識だ。「振り飛車には角交換」という格言があるくらいで、これは転じて「振り飛車側は角交換をされてはならない」と言い換えることができる。
ただし視点を変えると、こんな格言ができているということは、ずっと昔から角交換振り飛車は存在していたということになる。そして、散々痛い目にあって、最近に至るまでずっと指されていなかった、ということになる。

本エントリーの趣旨は、「なぜ昔は角交換振り飛車は指されなかったのか、そして最近指されるようになったのか、ということを、時代毎に利得表(利得行列)を用いながら解説していく」、というものである。

20世紀前半の利得表

振り飛車居飛車 居飛車穴熊 居飛穴以外
ノーマル振り飛車 60, 30 50, 50
角交換振り飛車 50, 20 20, 60


まず20世紀前半から。はじめに、以降の利得表にもあてはまる、利得の考え方について説明しておこう。各セルの値はそれぞれ、振り飛車側から見た利得、居飛車側から見た利得、の順。振り飛車側の選択肢は、角交換するかしないか。居飛車側の選択肢は、居飛穴か、そうでないか。ここまでばっさり切り分けても、なんら問題ない。それほど、「居飛車穴熊」という戦型が時代の変化を物語っている。そしてここでいう利得は、下記の式で求められる。


利得 = 勝率イメージ + 美徳


もちろん個人差(得意戦法云々)はあるので人によって勝率イメージは異なる(だからこそ解が1つではなくいろいろな戦型が生じる)が、その時代の平均勝率イメージを示しているつもり。

さらに昔はなにより美徳が重要視されていた。「美徳」は、「棋理」とも、拡大解釈すれば「パラダイム」とも呼べる。美徳に反するような手を指すと破門まであったようだ。そして美徳要素の1つとして、「手詰まり、およびそれによって引き起こされる千日手は美しくない」というものがあった。
角交換振り飛車VS居飛車の戦型は、角の打ち込みをケアするために自陣のバランスを重視するあまり、囲いの進展性どころか元々固く囲いづらく、また攻撃の形を作るのも難しく、結局両者手詰まりになりやすかった。これは主に角交換をする余地を与えた振り飛車側の罪。また、一般的に上述の格言の通り、居飛車側が指しやすいと考えられていたようだ。*1

したがって、「角交換振り飛車VS居飛穴以外」のケースは振り飛車側の利得を「40−20(手詰まりNG)=20」、居飛車側の利得を「60」としてみた。なお「ノーマル振り飛車VS居飛穴以外」は、普通に最も指されていた戦型で、シンプルに利得は50:50とした。


さて、居飛車側の戦術として、居飛車穴熊はどうだったか。

  • 時の盟主・大山が、「広さが無い、玉が身動き取れない」等の理由で優秀と考えておらず、それに周りが追随した
  • 美徳に反する(これは私の憶測。そんな文献を読んだような・・・。なおアマチュア将棋界ではいまだ穴熊に対し「卑怯」というようなイメージが少なからずあるといえる)
  • (上記の影響のため)誰も深く研究しなかった

というわけで、利得は低かった。バランス重視の当時、角交換振り飛車に対してはとりわけ居飛車穴熊なんて指せるわけがないだろう。「角交換振り飛車VS居飛車穴熊」のケースは、振り飛車の利得を「70−20(この場合は居飛穴陣は隙だらけで手詰まりの心配はないが、やはり角交換型は美しくないという美徳はあった)=50」、居飛車側の利得を「30−10(穴熊NG)=20」としてみた。
さらに、「ノーマル振り飛車VS居飛車穴熊」のケースは、振り飛車「60」、居飛穴「40−10(居飛穴NG)=30」。


さてこの利得表において、振り飛車側の戦略は、「ノーマル四間飛車」が「角交換振り飛車」を支配している(居飛車側が居飛穴かそれ以外のどちらでも、ノーマル四間を選んだほうがよい)。そして居飛車側の戦略は、「居飛穴以外」が「居飛車穴熊」を支配している(振り飛車側がどちらの戦略を選んでも、居飛穴以外を選んだほうがよい)。
したがってこのゲームは簡単に「ノーマル振り飛車VS居飛穴以外」がナッシュ均衡とわかる。実際この戦型ばかりだったといえよう。

20世紀後半の利得表

振り飛車居飛車 居飛車穴熊 居飛穴以外
ノーマル振り飛車 40, 60 50, 50
角交換振り飛車 70, 30 40, 60


20世紀後半に入ると「居飛車穴熊は美徳に反するとはいえない」、というパラダイムシフトが起きた。だから居飛穴を指したければ指していい状態となった。また、田中寅彦九段らにより研究され、その優秀性がわかってきた。そのため、ノーマル振り飛車に対する勝率イメージがかなり上がった(「藤井システム」も、ノーマル振り飛車復興の決め手にはなれなかった)。ただし角交換振り飛車に対しては、バランスの問題がありやはり居飛車穴熊は難しい。
というわけで、「ノーマル四間飛車VS居飛車穴熊」のケースをやや大袈裟だが40:60とし、「角交換振り飛車VS居飛車穴熊」のケースを70:30(20世紀前半と違い、双方から美徳分を引く必要も無いだろう)とした。


また、「手詰まり、およびそれによって引き起こされる千日手は美しくない」という美徳もこの頃には無くなっているといえる(すなわち千日手は戦略の1つ、という考え方ができるようになった)。しかし「振り飛車には角交換」という格言・形勢判断は健在。「手詰まり」が美徳に反しないとしても勝ちにくいのはそのままであり、「角交換振り飛車VS居飛穴以外」のケースの利得は40(美徳分は引かない):60としておこう。最後に「ノーマル振り飛車VS居飛穴以外」については、変わらず50:50としておく。


さてこの利得表において、純粋戦略ではナッシュ均衡は存在しない(振り飛車側から見ると、居飛車側が居飛車穴熊を用いてきたら角交換振り飛車を指したいが居飛穴以外を用いてきたらノーマル振り飛車を選びたい、というように支配的な戦略が無い。居飛車側から見ても同様)。そこで、混合戦略を含むナッシュ均衡を求めよう・・・というのはさすがに考えすぎ。一番はじめに「標準形」ゲームとして述べるといったが少し前言撤回。将棋は実際には「展開形」なのだ。角交換が起きるのは超序盤であり、このときまだ囲いは決まっておらず、角交換の方針が決まったあと囲いを決められる。したがって「後出し」できるのは居飛車側。超序盤で角交換が起こらなかったら「居飛車穴熊」にし、角交換が起こったら「居飛穴以外」とすればよい。つまり居飛車側は、常に40:60となる戦術を選べる。

すなわちこれが、振り飛車冬の時代、振り飛車党激減の理由である。

21世紀前半の利得表

振り飛車居飛車 居飛車穴熊 居飛穴以外
ノーマル振り飛車 40, 60 50, 50
角交換振り飛車 70, 30 50, 50


長々と説明してきたが、最後の21世紀の説明は簡単。「角交換振り飛車VS居飛穴以外」の利得が、40:60から50:50に変化した。角交換振り飛車が意外と優秀、というのが研究を進めていくうちにわかったのだ。20世紀後半における「手詰まり」という課題が、局面を打開する手筋の発見、技術の向上により解決されてきたのが大きい。例えば第1図(2007年第48期王位戦第6局、▲深浦康市八段VS△羽生善治王位戦より)。居飛車側の陣形が伸び伸びとしているのに対し、後手陣は窮屈で手詰まりに見える。しかしいきなり単騎の△2五桂!結果は後手羽生先生の勝ち。

というわけで、振り飛車党にとって「角交換振り飛車」が「ノーマル振り飛車」を弱支配する戦略となったので、「角交換振り飛車」が流行した。ちなみに居飛車党にとっては支配的戦略は持たないが、前述の理由から振り飛車党は「角交換振り飛車」を選択することがわかるので、それに対して利得が大きい「居飛穴以外」を選択することになる。したがって、この「角交換振り飛車VS居飛穴以外」がナッシュ均衡となる。

個人的には、角交換振り飛車の研究が深化し技術が向上してきたのは、「ゴキゲン中飛車」に対する「丸山ワクチン」(丸山忠久九段が多用したことからこの名が付いたと言われる)のおかげだと考えている。居飛車側から手損覚悟で序盤から角交換してくる変化が流行したため、振り飛車党はいやがおうにも角交換振り飛車を研究せざるを得なくなった。しかし逆にこのおかげで、角交換振り飛車に注目することができたのだ。

21世紀中盤の利得表は?

現在行なわれている、第79期棋聖位決定五番勝負第2局、▲佐藤康光棋聖VS△羽生名人戦にて、ちょうどいいタイミングで興味深い戦型が現れた。「角交換振り飛車VS居飛車穴熊」である(第2図)。

上記利得表では、この組み合わせは全年代にて「振り飛車良し」としている。が、本局は居飛車穴熊の圧勝。棋譜「【第79期棋聖戦五番勝負第2局】佐藤棋聖が2連勝≪棋譜再現≫ - MSN産経ニュース」で閲覧できるのでご参照あれ。

ただしこの将棋、初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△3三角▲同角成△同桂▲7八金△4二飛と進んでいる。最近流行の△3三桂型の相居飛車戦(後手は菊水矢倉風に組む)になると思いきや、▲7八金を見た羽生先生がこれをとがめるべく△4二飛とした(▲7八金としてしまうと対振り飛車に対し玉を囲いにくい)。しかし佐藤先生は、▲6八玉〜▲7七玉!〜▲8八玉〜▲9八香と自然にするすると居飛穴へ。後手は△3三銀型でなく△3三桂型のため、手数のかかる穴熊が完成する前に△2四歩、あるいは△4四銀〜5五歩といった反発ができなかった。「将棋世界」などの解説を見ないと正確にはわからないが、おそらく本譜の角交換振り飛車構想は、はなから失敗の可能性が高い。したがって、「角交換振り飛車VS居飛車穴熊」は角交換振り飛車良し、の勝率イメージに揺るぎは無いだろう。

・・・いや、もしくは今後「角交換振り飛車VS居飛車穴熊」の勝率イメージに逆転現象が生じるのか?その場合、ゲームが変わってくる。居飛車党にとっては、振り飛車側の戦術によらず「居飛車穴熊」が万全の支配戦術となる。今後の進展が楽しみだ。この続きは、40年後にでも書くとしよう。

*1:なお「相振り飛車」が長らく指されていなかったのもこの「手詰まりはNG」という美徳のためであった。すなわち、当時は囲いが金無双しか考えられておらず、囲いに進展性が無くかつ厚みが無いため攻めにも活かせないので、双方うまい攻め手が無く手詰まり状態に陥っていたのだった。