将棋の神様〜0と1の世界〜

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」&「チェスクロイド」作者がおくる、将棋コラム

//移転しました。

急所を見抜くプロ棋士の「脳力」とは−「第1感 『最初の2秒』の『なんとなく』が正しい」書評

//移転しました。

「追跡!AtoZ 脳の秘密 未来はどう変わる?」今夜放送

各所で話題の本番組。人によっては「しつこい」と思われるかもしれないが、自分へのリマインダーとして書いておこう。


7月11日 土曜 午後8時〜8時43分
脳の秘密 未来はどう変わる?
番組では、プロ棋士のひらめきを解析する研究プロジェクトに密着。天才と称される羽生名人の思考の秘密を皮切りに、人の個性や心に迫る研究の最前線を追跡する。

2009/07/12 追記

実際に見た感想を、本エントリーの最後に追記した。
(追記ここまで)


このテーマにさしあたり、昨年読んで、書評を書こうと思ってそのままになっていた書籍を思い出した。

「第1感」

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)
第1感  「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)沢田 博

光文社 2006-02-23
売り上げランキング : 4865

おすすめ平均 star
star経験知における「ひらめき」についての書
star直感の理由付けをしてくれる
star人の個性。

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

あれやこれやと悩んだ末に下した判断が間違えていた、という経験は誰にでもあるだろう。米国のジャーナリストであり、ヒット商品や購買者心理の研究などで知られる著者は、長時間考えてたどり着いた結論よりも、最初の直感やひらめきによって、人は物事の本質を見抜いていることが多いのではないかという疑問を抱いた。調査を進めると、それを裏づける数多くの事例や学術的根拠が存在することが分かったと言う。

芸術作品を一目見ただけで「贋作だ」と判断する人々がいる。そのように理屈ではなく一気に結論に達する脳の働きを「適応性無意識」と呼び、身体が持つ五感の延長線上にある「第六感」とは区別して解説する。夫婦の何気ない15分の会話を記録したビデオから、15年後の関係をほぼ予測し得るという心理学者がいる。「勘」や「経験」など曖昧な論拠ではなく、夫婦の1秒ごとの表情やしぐさを徹底的に分析した結果を示すのだと言う。

それとほぼ同様の作業を、我々の脳が瞬時に行っているとしたらどうか。日常生活やビジネスなどから様々な事例を示しつつ、「数秒の中にある一生を左右する判断の力」を理解し磨く方法を指南する。

この書籍は、将棋とは関係なく(チェスの話がごくわずかに出てはいる)、心理学の分野に属するものだ。一方で上記番組は、おそらく科学の側面から脳を探るもののはず(脳の活性化部分をCTスキャンで可視化、といった内容なのだろうか)ので、本書と内容は異なると考えられる。

本書の原題は、「blink - The Power of Thinking Without Thinking」。「blink」(ひらめき)を「第1感」と訳したのは、日本人にはそのほうが受けが良いと出版社が判断したからなのだろうか?少なくとも私は釣られてしまった。内容的には、シンプルに「ひらめき」のほうが訳としてふさわしいと感じる。
タイトルを見て「なんとなく面白そうだ」という「第1感」に近い決断で購入したわけだが、その自らの動機を深層心理面から探る上での参考にもなった。

書籍トータルとしては、ややまとめ切れていない感を受ける。様々な事例が紹介され、それに基づく仮説を著者が論じているのだが、第2章「無意識の扉の奥−理由はわからない、でも『感じる』」、第3章「見た目の罠−第一印象は経験と環境から生まれる」について、どうも腑に落ちずモヤモヤしたものが残る。事例についても、「本当の調査データか?」と感じてしまった。私が被験者であったらそうは回答しないだろう、という実験結果が紹介されている。

分野の異なるいくつかの事例から一義の心理学的仮説を導くのは難しい、ということなのだろうか。2,3章については無理が若干生じていると感じた。

情報を「輪切り」する能力

一方で、4章「瞬時の判断力―論理的思考が洞察力を損なう」と5章「プロの勘と大衆の反応―無意識の選択は説明できない」については金言多数で見ごたえがあった。

実は余計な情報はただ無用なだけでなく、有害でもある。問題をややこしくするからだ。心臓発作を予測しようとして医者が誤るのは、たくさんの情報を検討しすぎるからだ。(中略)
選択肢が多すぎると、無意識の処理能力を超えて、麻痺してしまうのだ。瞬時の判断を瞬時に下せるのは、情報が少ないからだ。瞬時の情報を邪魔したくなければ、情報を減らすことだ。

ウィルソンが説明するように、私達はあるものをなぜ好きなのか、あるいは嫌いなのかについてもっともらしい理由を思いつき、本当の好みをその理由に合わせてしまう傾向がある。
一方、プロが感想を語るときはそんな問題は起きない。試食のプロは、特定の食品に対する感想を正確に表現する具体的な語彙を学んでいる。(中略)
無意識の感想は閉じた部屋から出てくる。部屋の中はのぞけない。でも経験を重ねれば、瞬時の判断と第一印象の裏にあるものを解釈し、意味を読み取れるように行動し、自分を訓練できるようになる。

情報過多になった現代において、「高速道路」を通ってプロレベルの力を身に付けた将棋指しは非常に増えた。だがその先の「アマチュア棋士」と「プロ棋士」、あるいは「プロ」と「トッププロ」とを分けるものは、「余計な情報を捨てる」能力、そして「自らの着手の意味を把握する」能力が挙げられるだろう。とりわけ後者は、例えば「対局後の事後検討能力」に当てはまり、1局からの学習量の大小を表すものととれそうだ。自らと向き合って「なぜそう指したのか?」「そう指したのはなぜなのか?」を振り返って考えることができるのは、大きな能力である。
これは「PDCA」とか「なぜなぜ分析」ともいえるのかもしれないが、こういってしまうと急に仕事臭くなって嫌気がさしてしまう。正直私は過去の経験を振り返るのが大の苦手。将棋が強くなれなかったのもここに一因があるのは間違いない。

参考書籍

なぜなぜ分析10則―真の論理力を鍛える
なぜなぜ分析10則―真の論理力を鍛える
日科技連出版社 2009-03
売り上げランキング : 48863

おすすめ平均 star
starなぜなぜ分析のよい資料

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

情報を捨てないコンピュータ

本書を読んでいると、「コンピュータ将棋」のほうにも思いを巡らしてしまう。
人間は、情報を取り込みすぎても脳の処理能力を上回ってしまうので、必ずしもアウトプットされた着手(Action)がベターになるとは限らない。
一方でコンピュータは、入力した膨大なパラメータについて適切な評価関数が導出できれば、悪い方向にはいかない。もちろん、上記の心臓発作の例でいえば「糖尿病を患っている人には別の評価基準が必要」といったように、単純な「重ね合わせの理」が成り立つわけも無く、非線形なものになっているのだろう(右玉のときは「玉飛接近」評価値は無視、とかやっているのかな)。

人間とコンピュータの考え方は異なる。とりあえず今夜は、「人間の思考」についての最新研究を鑑賞することにしよう。

追記:「羽生の頭脳」と直感力、直感思考

NHK 追跡!AtoZ」を見た。羽生名人が登場したのは、番組の前半部(3分の1)くらいだった。その部分の内容を簡単にまとめておこう。
理化学研究所において羽生名人の脳のMRI検査を行い、アマチュア棋士や一般的なプロ棋士の脳の活動との比較を紹介していた。
理化学研究所の田中啓治博士は、画期的な発想を生み出す「直感力」こそが天才の条件の一つであると話す。それを実証すべく、将棋に関連する映像を1秒単位で切り換えて見せ、羽生名人の脳の使い方に他の棋士と違いがないか実験。
その結果、「大脳基底核尾状核」(行動、思考の習慣化に関わる)、「嗅周皮質」(海馬の近くに存在)、「網様体」が活発に活動していることがわかった。
人並外れた「集中」をしているとそれら部位が活発に活動するようだ、とのこと。

まあ「集中力」が重要、というのは至極当たり前のことだが、改めてそれを再認識させられた、とでも感想を述べておこう。
将来脳の仕組みが解明された後、それがどう活用されるのか、見ものだ。良い方向に活用されてほしい。