将棋の神様〜0と1の世界〜

「三間飛車のひとくちメモ」管理人、兼「フラ盤」&「チェスクロイド」作者がおくる、将棋コラム

電子書籍版定跡書の未来

マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか?」

iPhoneiPad向けの、興味深い電子書籍アプリが発売された。


特徴的なのは、基本的には一作品の電子書籍アプリでありながら、構造としてはストア型のアプリになっていることだ。(中略)
より重要なのは、書籍の内容を補記する新章、あるいはその著者の新作といったコンテンツ、さらには同氏が推薦するコンテンツも並び得るということだ。(中略)
「玉石混交の作品がそれこそ山のようにあって、買い手はもうすでに探せていないのですから、誰かがキュレートする必要があります。例えばわたしでしたら、『経済小説の良書10選』といったような紹介の仕方もあり得るわけです」(吉本氏)


雑誌の電子書籍版はサブスクリプション型になっていくだろう(なっていくべき)ということは2010/12/08のエントリー『「将棋世界」がiPad向け電子書籍に』書いたわけだが、この「マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか?」は、単体の書籍においてもアプリ内でのサブスクリプションを実現しているといえる。
著者の吉本佳生氏は、2009年から2010年にかけてNHKで放送された経済学教育番組「出社が楽しい経済学」の監修・出演者だ。私はこの番組がとても好きだったので、氏の著した書籍という意味でもこの試みに注目しており、実際にiPhone/iPad版を購入してみた。なお、この書籍の紙版は下記の通り。
マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか? クーポン・オマケ・ゲームのビジネス戦略 (講談社BIZ)
マクドナルドはなぜケータイで安売りを始めたのか? クーポン・オマケ・ゲームのビジネス戦略 (講談社BIZ)吉本 佳生

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初期の買い手が最も得をする価格戦略

この電子書籍は、価格の面でも特徴的な戦略をとっている。


ハードウェアでも、一般的には最初に登場したものが最も高くて最も性能が悪い。少し待てば安価に性能がよいものが市場に登場するかもしれないという気持ちから、初期型を避ける傾向が生じやすいのはよく知られたところだ。しかし、最初に購入してくれるコアなファンが高くて不完全なものを買い、後からやってきたファンが安くてよいものを買う、という構造を何とか回避できないかと吉本氏は考えた。
そこで吉本氏は、初期の買い手が最も得をする価格戦略を試行しようとしている。
「例えば、1カ月後には新しいコンテンツを追加して、100円値上げして販売しますとアナウンスするとしよう。しかし、新たに追加されるコンテンツは既存のユーザーには無料で提供されます。これは、時限的に切り上がっていく期間限定価格とでもいうものになり、初期の買い手に報いる価格戦略なのです」(吉本氏)

仕事でものづくりをしている身としては、頭の痛い話だ。
電子書籍アプリでなく、通常のiPhoneアプリでいえば、国内でのiPhone 3G発売当初からUEI社「ZeptoPad」が「機能追加による値段アップ」を試みていたが、電子書籍としては今のところ珍しいのではないだろうか。
このような価格戦略がうまくいくためには、記事にある通り、

まず、ある程度の期間、継続的に新たなコンテンツが追加されることを提供側がコミットすること、そして、そうしたコンテンツが読者にとって有用であること、そして、この仕組みに参加する著者が増え、ネットワークが形成されることである。

という条件が必要だ。このような条件が整った上でも、人間は必ずしも合理的な行動をとることができるとは限らないし、うっかり初期に買い逃してしまった場合、価格上昇後に購入することが心理的障壁になってしまうという問題がありそうだ。


ともかく、とても興味深い試みだ。「出社が楽しい経済学」で内容の面白さ、愉快さは折り紙付きで、このアプリの行方を見届けてみたかったので、はじめに述べた通りこの電子書籍を購入してみた。このアプリだけでなく、今後の電子書籍販売形態の行方を見守っていきたい。

定跡書(棋書)の電子書籍版はどう進化していくか

さて、翻って将棋の定跡書や棋書が電子書籍としてどう進化していくのかを少し考えてみたい。
上述の例と同様、単純に電子書籍化して紙のコスト分減ったので価格を少し下げました、とはやってほしくない。
定跡書は、ストア型電子書籍アプリとの相性がとてもよいと思う。日進月歩で進化していく定跡は、日々結論が変わる。これを追記コンテンツとしてストア型電子書籍アプリ内に追加するとよいだろう。ただしこのとき、結論が変わったからといって従来の文章を修正してほしくはない。そのままのほうが、進化の時系列が見えて面白い。修正はしてほしくないが、従来の文章に追加コンテンツへのリンク文章を加筆するのは構わない(「2010年12月追記:なんと結論が変わりました!追記コンテンツはこちらへ」のような文章を加筆する)。「最新戦法の話」(勝又清和六段 著)では、「将棋世界」誌上での連載から書籍化までに、各章の中に新たな節が加筆されているが、それをまさに電子書籍では簡単に可能とする。

最新戦法の話 (最強将棋21)
最新戦法の話 (最強将棋21)勝又 清和

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ただし、それらコンテンツ追加はいつまで行うか、また追加するタイミング(周期)はどうするか、などは「半年間、毎月追加!」のようにあらかじめ明記しておいた方がよいだろう。著者はいつまでもサポートするわけにはいかないし、また日進月歩の定跡を毎日追記できるわけがない。また、定跡書にはたいていその戦型が採用された実戦譜、自戦記があるが、これを適宜追加していく、というサービスも価値があるだろう。
同じ戦法の定跡書は、1つのストア型アプリにまとめてしまっても面白いかもしれない。「コーヤン流三間飛車の極意」(中田功七段 著)を読んだ人は、間違いなく「東大将棋 三間飛車道場」や「下町流三間飛車」(小倉久史七段 著)に興味がある。アプリ内電子書籍間でページ指定リンクを貼ってもよいだろう(Androidだったら、Intentを使って他のアプリ内のコンテンツを指定することもできる)。まずは「三間飛車書籍まとめ」のような名前のストア型アプリを無料で提供して、アプリ内の各書籍を有料で販売する。ユーザーにとっても、まとめられていてわかりやすいのではないだろうか*1

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今後登場するであろう電子書籍版の定跡書に、「動く将棋盤」が採用されることは、「将棋世界」で実績があるのでもはや必然。それ以外に、価値や利便性を高めるどのような試みが行われていくか、楽しみだ。

*1:今更ここで補足だが、そもそも電子書籍1つ1つがばらばらにアプリとして提供されていることが現状のApp Storeの問題の1つだ。